天気は上々。
澄んだ空にぐっと手を上げて伸びをする。
クロスベルは良い天気がよく似合う。
起きてから下に行くと、朝の様子を必ず確認するのは日課だが、天気がいいと何かと順調にことが運びそうな気がする。
さて、今日の依頼は、と思いながら部屋の方へ足を向けようとした矢先、後ろからぬっと影が差した。
「おはようさん」
ランディがぽふっとおれの頭を撫でた。
「ランディ、珍しく早起きだな」
「完徹。くそ眠ぃよ」
「なんだ、まだ寝てればいいのに」
「俺、今日朝食当番なんだよ」
ああ、そういえばそうだった。
ランディの作る料理は簡単で美味しい。
サンドイッチ一つにしてもちょっと手間をいれるのがコツなんだと言っていた。
「昨日は非番だったんだっけ」
「ああ、カジノで大勝ちして抜けられなかった」
「・・・自業自得だな」
「へいへい分かってるって。一度寝たら起きれねえと思って起きてたってわけ。遊んだ翌日に仕事をサボるなんて大人じゃねえだろ」
「分かってるなら何も言わないさ」
おれの様子にふっと笑って、ランディは早く夜になれよー朝日が憎いとか言いながら支援課の中に消えていった。
おれも端末で支援要請を確認したい。続いて中に入った。
ランディは完徹した割りに何でもなかったみたいに鼻歌を歌いながらキッチンにいる。
体調は大丈夫だろうかと思っていたのだが心配して損をした。
考えてみればおれを抱く時のスタミナだって半端じゃない。
加減してくれない時なんかはおれはあっさり気を失ってしまうし。
この間の夜だって・・・と、何やら朝からピンク色の想像をしてしまったので慌ててそれを打ち消した。
「こほん・・・さて、今日の支援要請は、と」
自分ひとりだけなのだが誰かに言い訳するみたいに咳払いをした。
そして端末に入っていた支援要請に目を見開く。
「なんだ・・・?これ」
【樹木の手入れ】期限(緊急)
【依頼者】:****
【捜査手当】:5000ミラ
咲かない桜を咲かせて欲しい。
特務支援課ロイド捜査官他1名に頼みたい。
東クロスベル街道入り口で待っている。
依頼者名がない。
(・・・いたずらか・・・?)
そうも思ったが、一度本部の端末を経由しているのでそれは考えにくい。
念のためヨナに連絡を取ったが心当たりはないという。
調べてくれると言うのでしばらく待ってみたが、ヨナにも発信者は分からなかった。
(だいいち、咲かない桜って、なんだ・・・?)
どう見てもさっぱり見当の付かない依頼だ。
椅子に深く腰掛けてそのままずるずると足を前に出す。
わざわざおれを指名してきた理由は何だろう。
今日の非番はエリィ、ティオは午前中休みを取っている。
必然的にランディと行くことになるがそれで良いのだろうか。
「おーい、出来たぞー」
キッチンから焼けたクロワッサンの良い香りがする。
朝食の支度が整ったようだ。
「あ、ランディ丁度良かった」
なんだよ、とエプロンで手を拭きながら、ランディは近づいてくる。
「これ、どう思う?」
端末を指差して、苦笑しながらたずねた。
次第にランディの顔も苦笑交じりになる。彼も同意見のようで、いたずらじゃないかと言う。
しかしそれにしては、警察のセキュリティをかいくぐってここまで来たメッセージだ。
何となくだが気になってしまう。
捜査官のカンか?なんてランディは言うが、まさしくそうかもしれない。
とりあえず朝食を取ろうと言われて、クロワッサンに噛み付いたが、おれは上の空だったらしい。
複雑な顔をしたランディに
「分かった分かった、お兄さんも行ってやるから、確かめてみようぜ」
と言われて、思わず苦笑した。
「・・・東クロスベル街道入り口って言われてもな、どこのどいつか分からないんだろ」
「ああ」
「捜査費5000ミラも本当なんだかどうなんだか」
ランディはハルバードを持ったまま両腕を肩に回し、ため息をつく。
捜査費はおれ達にとって大切な給料なわけなので、ランディのため息も分からないではない。
東方風の通りを過ぎて、東通りの一番大きな朱塗りの門をくぐろうとした時だった。
「あの、ロイドさんでしょうか・・・・・・」
立っていたのは、黒髪のボブヘアをした東方風の少女だった。
竹色のズボンにサイドに長いスリットが入ったチャイナ服のような白い服を着ている。
猫のような目が印象的だった。
「ええ、そうですが」
「あ、じゃ、じゃあ依頼、受けて下さるんですね」
嬉しそうに瞳を輝かせて、握手をしてくる。
少女の発音は少しなまりがあった。
東方のなまりだろうか。
「あの、依頼人の記載がなかったんですが・・・」
「私はメイリンと言います、どうぞよろしく」
あ、よろしく、と思わず頭を下げたところ、ランディに後ろから突付かれた。
ランディはちょっと、と言ってメイリンの後ろを向き、ひそひそ話の体勢になる。
(おい、どうなってんだこれ?何で女の子が5000ミラなんて大金出せるんだよ、やっぱおかしくね?)
(う、うん、そうなんだけど・・・とりあえず話だけでも聞いてみた方が・・・)
(いや何かおかしい、黒月かなんかの回し者じゃねえ?)
(黒月がおれ達に回し者をして得するわけないだろ?)
そこまで話していると、メイリンがあのう、とおずおず声をかけてきた。
「や、やっぱり、駄目ですよね、あんな依頼。その、諦めます・・・」
涙をこぼしそうなメイリンはそう言って立ち去ろうとする。
それを慌てて引き止めた。
親はいるのだろうか。ともかくこんな小さい子を放っておくわけにもいかない。
「待って待って、まあ話だけでも!」
「で、でも、」
「解決できるかは保障できないけど、話を聞くくらいなら出来るからさ」
おれの言葉にランディは憮然としていたものの、それを目でいなして、メイリンをなだめる。
とにかくどこかで落ち着こうと、龍老飯店に入ったおれ達は、メイリンがおごると言うのを制してジャスミン茶を頼んだ。
メイリンは温かい飲み物に人心地ついたのか、ふうと満足気に息を吐き出す。
やはり自分の故郷のものは飲むと落ち着くのだろう。
いや、彼女は年の頃から言ってまだ12くらいだ。クロスベルで生まれているかもしれないが。
「それで、依頼は桜を咲かせて欲しいってことだけど・・・?」
「はい、その、東クロスベル街道に一本咲かない桜があるんですけど・・・」
「そりゃ俺達より造園屋に頼んだほうが良いぜ、お嬢ちゃん」
にべもなくそう言うランディを一睨みする。
ランディはおっかねえななんて苦笑して黙った。
多分ランディは完徹の影響で普段の二割増しやる気がない。
普段ならフェミニストらしく小さい女の子にだってそれなりに優しいのだが。
しかし、咲かない桜の話が本当なら、確かに造園屋に頼むのが妥当だろう。
それがどうしてこちらに来たのだろう。
そもそも無記名だったのは何故だろうか。
「君はどうしておれ達のところに依頼を?」
「ロイドさん達でないと、咲かせられないからです」
「なんで?」
「実は寄生型の魔獣が桜に取り付いてしまっていて」
なるほどようやく合点がいく。
要は魔獣退治というわけだ。
漠然と桜を咲かせてくれと言う話だったら何もこっちに話は来ないよな、確かに。
だがメイリンが次に言った台詞で、帳消しになる。
「それも厄介で、倒すと幹が死んでしまうんです」
「なっ、ええっ?」
それでは戦いようがない。
困っているとメイリンは心配しないでください、と言った。
「だからロイドさんたちには上手くおびき出して欲しいんですが」
はい、と取り出された小瓶に視線が行く。
「これに魔獣の好きな匂いが入っています。お二人にはこれを付けて戦ってもらいたいんです」
小瓶を開けて匂いを嗅ぐと、嗅いだことのない香りがした。
すえたような、すっぱいような、少し木材のような香りもある・・・
「またたびか?これ」
ランディが小瓶の匂いを嗅いでそう言った。
「あ、正解です」
「てーことは、猫か」
「はい、東方では猫憑きと言いますが・・・」
「ああ、知ってるよ。猫型の魔獣が人に寄生したりすることもあるんだってな」
「ランディよく知ってるな」
「昔戦ったことがあるからな」
暗に猟兵時代に、と言ってきたのでそれ以上は聞かないことにした。
人に寄生することもあるなら、早めに退治したい。
(でもなんで、クロスベルの固有種じゃない寄生生物が・・・?)
ふと脳裏に疑問がよぎったが、メイリンの案内しますと言う声に打ち消された。
PR